2年4組の君へ送る。

 口が臭い。

 寝起きに口が臭いと感じるようになったのはいつ頃からだろう。
スマホの画面を見つめ、いつも通り意味のある連絡が何もきていないことを確認しながら両手を前についてよろよろと布団の上に立ち上がる。Safariを開いてトレンドを確認する。日課となったこの習慣も何のためにしているのかよく分からない。時事ネタ。話題のエンタメ。自分から誰かにこれらの話題を振るようなことはまずない。たとえ会話に持ち出されても、あまり興味のないふりをする。
 
 つまらないニュースだと思いながら、ホームボタンを押し布団にそれを放り投げる。つまらない会話だと思いながら、またそれを放り投げる。
 洗面所でつまらなそうな顔をした男がこちらを見つめている。
(こいつはちと重くて放り投げれそうにないな…)
 少し寂しそうな弱々しいその目がこのままではいつか野獣のような鋭い目になることは明らかであった。

 

 

 

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 顔を洗い、朝飯のサラダを食べながらトレンドが開かれたタブを閉じて参加を躊躇していた読書会のホームページを開いた。開催場所が地元の中学に近かったため、会がはじまる前に旧友の誰かをランチに誘おうと思い立った。数年前までは食事に行こうと頻繁に連絡をくれる友人が何人かいた。理由をつけて行かないこともあったが、常に断っていたわけではない。ただ、実際に誰と顔を合わせても俺は自分の言葉を話すようなことはなかった。俺にそうさせていたものの正体が何だったのか今なら分かる気がする。
 身体の奥から生臭いため息を吐ききり、ラインのトーク欄を下に勢いよくスクロールする。小さな丸いアイコンの中に穏やかな笑みを浮かべる彼が見えた。(円山にだったら近況を話せるかもしれない。)伸びかけた爪がフリック入力を手こずらせたが、何とか自分の声をとどけることができた。

 課題図書の『山月記』をリュックに入れて家を出た。外に出てから歯を磨き忘れたことに気づいたが、心なしか息の臭いがましになっているような気がした。